『アジアの女』

以下ネタバレ。










観に行く直前に、ふと目にしたブログで非常に感動したというようなことが書かれていて、ほうほうと楽しみに出かけて行ったんですが、なんでしょうか、私にはちょっとパンチ不足の印象の舞台でした。
いや、すごく好きなんですけど。物語もホンも演出も、リアルなセットも役者の演技も。でも、なんか、もう一歩踏み込めなさが残ってしまった感じ。何が原因なんだろう…?
安定しすぎてたかなあ、というのはある。震災後の東京、次に余震がきたら近くのビルが崩壊する危険があるため立ち入り禁止になっている区域でのお話、という物理的な不安定さや、精神の均衡が怪しい兄妹、そこを訪れて兄妹の危うい関係を乱す闖入者たち…という、登場人物たちの人物関係の不安定さ。不安定要素いっぱいなのに、どうにもその不安感をうまくキャッチできなかった。岩松さんと近藤さんが巧すぎてどっしりと落ち着いて見えてしまったのかもしれない。警官の村田役の菅原さんあたりがその均衡を破って場のテンションを変えるポジションだったと思うしそのポジション的役割は充分果たしてたようにも思うんだけど、何となく盛り上がりに欠けるというか。うーん。精神を病んでるのは妹よりもむしろ兄の方である、というのがわかってくるクダリなんかはものすごく私好みで好きな展開だったんですが。
この回はシアター・トークといって終演後にトークショーが設けられていたんですが、その冒頭で司会者(NHK堀尾正明アナ)が「面白かった人、正直ちょっとわからなかった人」というのを拍手の数でアンケートする、というのをやりました。そのとき「わからなかった」で拍手した人が少なからず(というか私の印象では結構な数)。後でケイシーも言ってたけど過度な説明は極力避けたホンだったんで「このへんはどういうことなんだろう」というのはたしかにあるんだけど、物語自体はシンプルで決して難解なものではなかったと思います。妹が死に、兄は呪縛から解き放たれたようにそこから出て行き、妹の小さな希望が奇跡のように芽吹く。すべてが崩壊した後に人はどんな生き方をするのか、それを5人の5通りのサンプルとして見せた、そんなシンプルな舞台。
今回舞台が客席の谷底にあるような珍しい形。花道もあるので客席のどまんなかに能舞台が作られたような格好。トークショーの中でケイシーの口から『胎内』*1の話がちらっと出たので、あるいは『胎内』にインスパイアされた部分もあった舞台なのかも知れないです。
そんなわけで今回は本編よりもむしろトークショーの方が面白かった、というか興味深かったです。前半30分は司会者の堀尾さんが演出家と出演者たちにざっくりと話を聞いていき、後半30分は観客からの質問コーナーというテイだったんですが、いざ「訊きたいことがある人」などと呼びかけられると…あるもんですねー。今回、私が咄嗟に思いついた質問事項。(ほぼ他の方が質問されてました。みんな抱く疑問は似通ってるもんなのかな)

  • 演出家へ。『ラストショウ』の直後の雑誌インタビューで、「家族ものはもういい、しばらく書かない」という話をたしかしてたんだが、今回主人公は兄妹。登場はしないけど彼らの「母」と「父」が頻繁に話に出てくるし、妹が「ボランティア」(その実体は売春)を行うというのは妹の母性愛、ひいては家族愛に繋がる印象を受ける。彼らの関係性が物語の重要なキーになってると見えるので、今回の話も家族ものと受け取れる。やはり家族ものを書きたいというのがあったのか、それともそういう意識はなく、結果的にそういう物語に帰着したものなのか。
  • 演出家へ。舞台組など、『胎内』にインスパイアされた部分はあるのか。
  • 出演者へ。変わった舞台組だが普通の前方に向いた舞台と比べて何か違いはあるのか。
  • 演出家へ。この変わった舞台での演出で苦労した点など。

一点目に関しては、似たような質問された方がいました。しかしその方は「父との関係性(つまりケイシーと父京三の関係性)」に疑問点を絞ってしまったために私が訊きたかった答えは導き出せず。惜しい。しかしケイシーはやはり「家族の繋がり(それがどんなものであれ)」というものに非常に興味を持った作家である、という点で今も昔も変わりないようで。舞台の特殊性に関しては、役者さんは案外円形劇場などの経験があるから、全方向から視線に晒される点に関しては抵抗少なかったようです。近藤芳正が「円形劇場と違って、これはまだ逃げ道があるからマシ」と言い、富田靖子(だったっけ?)は「円形劇場だったら開き直れるんですけど」的なことを言ってました。
他にもいろいろ下らないこと訊きたかったんだけど(菅原さんへ。花道をチャリで下りてくるのは怖くないですか。近藤さんへ、そのスニーカー私物ですよねえ…?等々)ともかくこんなにぱぱっと質問事項が浮かんだってことは、やはり気になった舞台だった、ってことなんでしょうかねえ。「勝負に勝って試合に負けた」みたいな? 違うな…
11歳の女の子が(つか11歳にケイシー作品ってどうなんだろう…)岩松さんに「煙草を吸うシーンがありますがここに『禁煙』って書かれてます」という質問をしたのが愛らしく、また、それに「ちゃんと消防署に行って許可取ってるの。だからこの人(岩松さんを指し)はわるくない!」と答えたケイシーにちょっと胸キュンしました。他にもみんな自由に質問してて終始和やかなムード。面白く、かつ、作家ケイシーの仕事ぶりの一端が窺えた、興味深いトークショーになりました。行ってよかった。ケイシーの足長ぶりもたっぷり拝めたし。(椅子に座ったときの足のもてあまし方が常人とちがう。)

*1:一年ほど前にケイシーが役者として出演した舞台