『狂言サイボーグ』

読了。

狂言サイボーグ

狂言サイボーグ

「ちょっとちょっと、いいからコレ読んでみなよ!」と、誰かれ構わずソデを引きオススメしたくなる、という衝動にかられた本に久々に出会った気がします。いや面白かった。「表現」というものに興味のある人は読むときっと面白い。
何が面白かったのかというと、体験に基づく「こんなことが!」という著者の驚きが、「そんなことが!」という読み手の驚きにダイレクトに変換されてくること。こういうタイプの本を読んだのは、私は初めてだったかもしれない。狂言とその他の表現手段、つまり現代劇であったり映像作品であったり、それはいろいろあるわけだけど、その二つを比較していく。それだけなら別に珍しくもないんだけど、著者である野村萬斎はそのいずれにも深く関わり、その差異を身をもって体験している。体験してないこと・感じてないことは書いていない。あたまでっかちな理論理屈はひとつもない。そこがひじょうに分かり易いし興味深い。そしていずれにも優劣をつけることなく、でも最終的に狂言師としての自分の中にそれらの体験をすべて落とし込んでいっている、という印象。狂言師として立ったときに、伝統を継ぎそれを将来にまで伝承する者としての責任重圧に真正面から向かい合っているのが伝わってくる。
とはいえ、文章自体はざっくばらんな軽いコラムが中心。つるつると読める。それと、主宰している「ござる乃座」の公演パンフレットに寄せた文章がそのまま載ってるんだけど、これがずらっと並べられているとはからずもそのまま「野村萬斎年表」になってて面白い。(というのも近況報告のような内容のものがほとんどなので。)章のタイトルが「クロニクル」になっているのにも納得。ずいぶん自由に書いてる印象で、自身の出演テレビ番組やCMのPRもちゃっかりしてたりして思わずニコニコしてしまう。「花の乱」はこの年だったかー、とか、紅白の審査員なんかやってたっけ、とか。
精神の自由な人なんだろうなあ。これ読んだら無性に萬斎さんの舞台が観たくなった。
ところで、彼のように伝統芸能の世界に身を置いている人で、現代劇への意欲を持ち、かつまた伝統芸能と現代劇の歩み寄り・融合・セッションに積極的な人は多いような気がするけど、その逆っていうのはあまりないような気がする。私が知らないだけでしょうかね? 作る方面の人ならともかく、現代劇の俳優で伝統芸能の技術を身につけようと修行したとかワークショップ的な研修に参加したとか、そういうこと聞かないもんなあ。(落語好きな人は多そうだけど)この本読んで、現代劇の俳優も伝統芸能にもっともっと積極的になれば面白いのに、なんてことをちらり。おそらく、「演じる」ということに対する根本的な考えを揺さぶられると思うんだよねーってこういう文章をあたまでっかちな文章って言うんだな。私俳優でもないし。演技とかしたことないし。
この本はずいぶん前から買いそびれていて今回やっと、って感じで買ったものなんだけど、読んだのが今でよかったと思う。本には「読み時」っていうのが必ずある。この本はいいタイミングで読めたな。
というわけで誰かれ構わずオススメします。文庫本になればいいのに。あ、あとね、中の写真がいちいち素敵です。