『おさびしもの』初日








ピチチ5前回公演『はてしないものがたり』、マンションマンション公演『キング・オブ・心中』、親族代表ライブ『りっしんべん』と福原作品鑑賞経験を積んできて、福原作品のパターンが見えてきたな、という感じなので、前回の『はてしないものがたり』ほど強烈なインパクトは受けませんでしたが、それでもやっぱりいろいろとびっくりさせられることの多かった今回公演。心臓を裏からぎゅっと掴まれるようなひねくれた切なさと、「あんな中でも意外と前向きな希望」は今回の方がより深まったかも。下らなくも些細なことが雪だるま式に大袈裟になって、最終的に壮大なスケールでオチる構成の妙はさすが。そして、指差して「バカじゃないの!」と言いたくなる馬鹿馬鹿しいコネタの数々。
劇場に入ったらまず舞台全体をチェック。(去年、頭からカールを被ったトラウマ)(まだ言うか)舞台は奥に引き戸があるシンプルなつくりですが、左右の壁に扉らしきものがたくさん。いったい何が出てくるのか、その時点でわくわく。舞台前方には、ピチチの舞台には必ずある細長い台。
以下、簡単にあらすじと初日に感じた諸々をちょこっと。


第一話:「Oh!よしこ」
よしこ(高橋美貴)に告白するが振られる牧村(三浦竜一)。しかし振られたことに納得しない。「おまえの『嫌い』に俺の『好き』が負けるわけがない。俺の『好き』以上にでかい『嫌い』をぶつけてみろ! そんなんで俺を振ることはできないぞ!」。何故か勝負を挑む牧村。


キング・オブ・心中』で、バイト不採用だと言っているのに「そんなんで俺を不採用にはできないぞ!」と食い下がる迷惑男が出てきましたが、それの恋愛バージョンて感じでしょうか。「前の彼女の方が可愛かったんだけど」など、惚れた女に対して失礼全開の身勝手迷惑男牧村に三浦さんがハマるハマる。牧村応援団(?)として背後に控える野間口さんはじめとした友人たちが後ろでちょこちょこと細かい演技をしていて笑。


第二話:「隻腕くん」
風俗に行こうとしているサラリーマン3人(植田裕一、オマンキー・ジェット・シティー碓井清喜)、行く行かないの話から、次第に「スケベに意味を見出すか否か」の論争に。市川(オマンキー)の擬人化した右手(野間口徹)が主である市川と対立、市川はその右手を切り落とすことにより性欲から開放されようとする。


最初から最後まで中二男子的シモ単語しか出てこない(「しか」出てきませんとも、エエ。)100パーセントシモネタですが、ピチチ流人生哲学といった趣き。壮絶。
人生寂しいけどそれを認めたくない男たち、「俺は寂しい人間だ、寂しいから風俗に行きオ…するんだ」と寂しさを肯定したとき性欲を絶つことを決意するが、最後は振り出しに戻ってしまう。あまりといえばあまりなシモ単語連発にちょっと食傷してしまいますが、最後になんともいえない滑稽な寂しさの余韻が漂う、ピチチらしい一編。
でもまあ、苦手な人は苦手でしょうね、これは…


第三話:「魚の生徒」
自殺した女子生徒丸藤(高橋美貴)の告別式。会場までの案内板を持たされている3人の生徒(野間口徹、三浦竜一、三土幸敏)は、友達がいない同士くっついてるような冴えない3人組。クラスメイトであった丸藤とも口を利いたことがない。その丸藤は不倫の末妊娠していたが、その不倫相手というのが暴力的な教師山咲(植田裕一)だった。


生徒たちの他愛ないやり取りや教師山咲の不条理な横暴っぷりで話が進んでいきますが、最後女子生徒の死体を告別式会場から盗み出した山咲が、2人で北極に逃避行するというラブストーリーに展開。反抗的な生徒東野(吉見匡雄)が、このスキャンダルを写真週刊誌に売ってやる、と写真を撮ろうとすると、Vサインをした山咲が「2人で写真撮ったこと、なかったからな…」。ちょっときゅうんとしてしまいました。一瞬アツくなったダメ生徒たちが一緒に北極まで追いかけて行こう、と言い出すも、中島(野間口)の「行ったことない場所には行かない」の一言で日常に返る。他愛なくてちょっと哀しい好編、青春学園もの。


第四話:「牛丼太郎高円寺店」
まったくもってやる気のないバイト店員のいる牛丼屋「牛丼太郎」。安いが吉野家松屋よりも粗悪で不味い。安いからという理由で毎食のようにそこに通うサラリーマン(三土幸敏、吉見匡雄)は、何もなくて何も奪われるもののない人生。牛丼を食べ続けたせいで人生をやり直すタイミングを失った二人の男(オマンキー・ジェット・シティー碓井清喜)は、すべての牛丼屋に復讐するべく、牛丼太郎に車で突っ込む。巻き添えをくったサラリーマン友川(三土)、「俺にもまだ奪われるものがあったよ、命だ!」


今回公演一番のお気に入り。夢も希望も金も誇りもないバイトにサラリーマン、ずるずると牛丼を食べ続けたばかりにずるずると夢を追い続けてしまった男。「280円てどういうことだよ、安すぎるんだよ!」。貧乏でもとりあえず餓えずに済んだからまっとうに就職することができなかった、という言い分は、理論はめちゃくちゃなんだけどものすごい説得力を持っている。福原作品の「らしさ」の詰まった一編でした。壁を突き破って車が突っ込んでくるシーンはさすが迫力。バカだけど。
ヤル気なくて無意味にエラそうで世の中をナナメから見ているようなシニカルな野間口さん演じる先輩が素敵すぎる。まったく仕事をする気のない清掃業者役の三浦さんの営業スマイルが胡散臭すぎる。登場人物中おそらくもっとも一般的な感覚を持っているんであろう吉見さん演じる床島がいい味出しすぎてる。童顔に可愛い声の持ち主碓井さんのキレ演技が怖すぎる。そのほか、登場人物みんな大好きですこの話。


第五話:「世界をもっと複雑に」
第一話のよしこと牧村のやり取りの続き。牧村に、よしこの恋人・純(碓井清喜)が「世界をもっと複雑にすれば人は幸せになれる」と提案。人に必要とされていると感じる幸せ、カンチガイだけど幸せ。


最後、「俺、飛べる気がする」と言い出した牧村が自転車で空を飛ぶラストは壮大な馬鹿馬鹿しさという言葉がぴったりなシーン。まさか駅前で宙吊りが見られるとは。それも華麗に飛ぶのではなくて、自転車を吊り下げる作業にえらい時間がかかっちゃったりしてその間のシュールさもまた可笑しい。

  • 今回、わたくし的に三浦さん大フィーバー。あの若干不明瞭な発声と無駄に鋭い眼光と根拠不明のふてぶてしさで独特の存在感。特に変態的な行動をしているわけではないのに何となく変態ぽさを漂わせるのがたまりません特に牧村。
  • 野間口さんが以前、碓井さんを「幼い狂気」と評してたことがありましたが(たしか)、今回まさにその狂気っぷりが凄かったです。目つきとか急にぎらっと怖くなる。それであのアニメのような声。素敵。
  • すいません私吉見さん大好きなんです。
  • 牛丼太郎アルバイト店員の野間口さんがツボにはまりすぎてどうしたらいいのかわからない。客の目の前で煙草吸ったり「ダメだよこんな店で食事してちゃ」と客を諭したり。こういうタチの悪い人物演じたらこの人の右に出る者はいないんじゃないかと思ったほどこのキャラが素晴らしい。
  • 野間口さんの演技は信用があるというか、巧いのがわかっているので安心していられる。その安定感の中で突然突拍子もないことを言ったりやったりするので、そのたびに不意を突かれてゲラゲラ笑ってしまう。やっぱり役者・野間口徹が大好きだ。
  • その他にもピチチの役者さんはみんな巧くて個性的でほんとに面白い。今回初めて見た3人の役者さんもそれぞれ個性的でよかったです。あの脚本であの演出であの役者で。ほんと、個性的なユニットだと思います。
  • 小劇場の芝居はいろいろ観てますが、ピチチほど突拍子もない舞台装置を作る劇団はそうないと思います。(リアルなセットを組む、というのはありますが)今回も半分に切断された車や宙を翔る自転車や、ドリルの先につけられたミラーボールや右手の着ぐるみや。発想し、それを具現化する美術スタッフの能力の高さに今回も感動いたしました。
  • 福原さんは空間使いがやはり巧いと思います。次は是非スズナリあたりで。ピチチなら本多でも充分できると思う。