『国盗人』

「国盗人(くにぬすびと)」 —W.シェイクスピア「リチャード三世」より
2007.6.22(金)〜2007.7.14(土)
世田谷パブリックシアター
作:河合祥一郎
演出:野村萬斎
作調:田中傳左衛門
衣裳:コシノジュンコ
出演:野村萬斎白石加代子/石田幸雄/大森博史/今井朋彦山野史人/月崎晴夫/小美濃利明/じゅんじゅん/すがぽん ほか


イギリス演劇最大のレパートリーであるシェイクスピア作品を狂言の手法で描いた『法螺侍(ほらざむらい)』『まちがいの狂言』に続く、第3弾『国盗人』がこの初夏、世田谷パブリックシアターに登場。一国の王座を奸計、殺人を繰り返して奪い取る大悪党・リチャード三世の物語を、野村萬斎の主演・演出で装いも新たに描き出します。萬斎演じる「悪三郎」の野望に翻弄される王族女性4人を1人で演じるのは、圧倒的な存在感を放つ白石加代子。激しい感情の揺れ動きを演じ分ける彼女の演技も本作の見どころの一つです。狂言の演者を中心とした前作までとは異なり、今回は万作の会の狂言師・石田幸雄、文学座今井朋彦、マイムを基本としたパフォーマンスで注目を集めた「水と油」のじゅんじゅん、すがぽんら新鮮な顔合わせとなりました。多彩な共演陣が織り成す‘アンサンブル’の妙にもご注目ください。
http://setagaya-pt.jp/theater_info/2007/06/post.html

28日、ポストトークつきの回を観てきました。










すごく良かったです。かなり「やりすぎ」だなと思った点がけっこうあったし、その点で作品そのものを評価しない人も少なからずいるかもしれないとは思ったけど、それでもシェイクスピア劇を、「リチャード三世」を能狂言の手法で和モノにアレンジするという試みは成功していたように思う。それもかなりの完成度で。
野村萬斎という人はいつも「伝統」「経験」を武器にした(武器にした、というかそれらを背景とした、というか)表現をする印象なんだけど、今回は加えて「基本」や「ルール」を知る者にしかできない大胆さを発揮していたように思う。ポストトークで「演出家」野村萬斎が、いろんな仕掛けを説明するのを聞きながら(その様子がキラキラしててなんだか少年のよう…)、ほんとに特異な演出家だなあとますますこの人への興味が募った。ポストトークのゲスト河合祥一郎(脚本)が「狂言師にしておくのが勿体無い」と言っていたんだけど、その冗談にも真面目に賛同しちゃいたいくらい、作り手としての野村萬斎は面白い。


ひとつすごく感心したというか「さすが」と唸らされたのが、能面の使い方。ルールに則っていながらも大胆。現代劇(これはシェイクスピアだけど、能狂言じゃないという意味で)で能面が使われるときって「無表情」を表す使い方しかされてなくて(少なくとも私の印象では)、能面て本来そういうもんじゃないのに、とイラっとすることもあったんだけど、今回は死ぬと能面を装着する、という使い方がされていて、これは本来の能面を装着する意味に忠実でありながら、初めて見たやり方だったので新鮮に感じた。
能において能面を装着するのは「この世のものではないモノ」。霊だったり神仏だったり。だから死して霊となり悪三郎を苦しめる者たちが面を装着しているのは本来の「決まり事」に沿ったこと。戦場に赴く悪三郎の肩に面がかけられていたり(死が迫ったことを表しているんだろうか)と、こういうところに「基本」「ルール」を知る人の強みというか大胆さというか、そんなものを感じた。出演者たちの面の扱い方も、大胆でありつつも雑なところがなくて見ていて安心できたし。*1
それにしても今回は前から3列目という席だったこともあって「テラス」「クモラス」の能面の表情の豊かさがよく見られて面白かった。特に悪三郎が使っていた狂言面「武悪」はぎょろっとした目の表情がほんとに豊かで。やっぱ能面て面白い。
野村萬斎という人は日常箸を使うような軽やかさでこういった「伝統」を使いこなせる強みを持った演出家なんだという気がする。


それにしても今回は野村萬斎が美しくてちょっとほんとにびっくりした。いや、もともとこの人の端麗な容姿には毎回うっとりさせられてますけど。せむしの悪三郎が屈んだ姿勢から睨み上げるような眼差しの鋭さにははっとするような強さがあった。見事な悪三郎ぶり。そしてほんとに身体能力・身体表現力が高い。美しさに隙がない。
キャストもいちいち素晴らしかった。今井さん!! 大森さん!!(どうでもいいけどいまだに今井さんを見ると「殿…」と呟いてしまう) あと、今回初めて狂言的表現から離れた石田さんを見て惚れました。いいなあ。
あとやっぱり、ひとり4役の白石加代子。凄いねこのひと…! 平凡ですが凄いとしか言いようがない。ポストトークで萬斎さんが相手役が白石さんであることについて「常にボスキャラと戦っている感じ」と表現していてナイスとおもいました。


カーテンコールではスタンディングで拍手してる人も多くて、納得の濃い舞台だったと思う。このシェイクスピアシリーズを見るのは『まちがいの狂言』とこれで二作目だけど、肩肘張らないで、大上段に構えることなく新たなことに挑戦しているという感じでいいなあ。どんどんやって欲しい。
野村萬斎は期待を裏切らない。必ず思ってた以上の手ごたえのある作品を返してくる。私が今一番信頼している演劇人かも知れないです。

*1:こういうところが気になってしまうのは面打ちやってる者として仕方ないとこ。