シャーロック・ホームズの秘密ファイル

シャーロック・ホームズの秘密ファイル (創元推理文庫)

シャーロック・ホームズの秘密ファイル (創元推理文庫)

ここまで手を出したらキリがないから…と、今までほとんど読まずに避けていた禁断のパスティーシュにまで、今回とうとう手をつけてしまいました。うう。深入りせずに済むことを願う。(自分に)
ワトソンは(あえてドイルではなくワトソンと言いますけど)読者を煙に巻くのがひじょうに上手い作家ですが、ジューン・トムスンも、本書のプロローグで「未発表のまま保管されていた、ワトソン博士のブリキの文書箱の中身」の来歴と、それを発表するに至った経緯を巧みに語り、なんとなく読者を煙に巻いてくれます。「ワトソンのブリキの文書箱」という存在を持ち出すのはパスティーシュの常套手段であるらしいですが、このプロローグの「あったかもしれない、なかったかもしれない」という曖昧さがかえって作家の生真面目さを思わせて、それだけでニヤニヤしちゃう楽しい仕掛けになっている。本編の方も至極真面目でまっとうなトリックものだし、目の前に広がる情景や人物に関する描写の巧みさなどは、しっかりとワトソンの筆を受け継いでいると感じさせる。*1 そしてワトソンが自身のことについて原作よりもちょっとだけ雄弁になってるあたり、ジューン・トムスンのワトソンびいきが滲み出ていて何となく好もしい。

*1:もちろん原作も本書も原文で読んでるわけではないので、あくまで訳書を基にした私の印象って話ですが